2025/4/2公開 著者:前田圭介
サルコペニアの摂食嚥下障害
嚥下障害は高齢者に多く認められる重要な健康問題であり、特にサルコペニアの嚥下障害と神経性嚥下障害(neurogenic dysphagia)は、その発症機序や治療法において大きく異なります。サルコペニアの嚥下障害は、加齢に伴う全身の骨格筋および嚥下に関与する筋群の量と機能の低下が背景にあり、栄養不良、運動不足、慢性的な疾患が重なって筋萎縮が進行する結果、嚥下困難が引き起こされるとされます[1,2]。筋自体の量や力の低下が主たる原因と考えられます。さらに、サルコペニアの嚥下障害は、全身性のサルコペニアと嚥下筋サルコペニアの両方を伴うため、診断には栄養アセスメントや機能評価手法を知る必要があります[3,4]。
神経性嚥下障害
一方、神経性嚥下障害は、脳卒中、パーキンソン病、神経変性疾患など、神経系の障害が直接嚥下反射や筋肉の協調運動に影響を及ぼすことによって発症する嚥下障害です[5]。嚥下に必要な感覚・運動連携が乱れるため、誤嚥や吸引性肺炎のリスクも上昇します。神経性嚥下障害では、臨床現場での詳細な神経学的評価や画像評価、原因となる神経障害の範囲や重症度、経過を把握し診断します[5]。
診断
サルコペニアの嚥下障害では、全身のサルコペニア、嚥下筋量減少と筋力低下、嚥下障害の存在が診断に重要な所見です。嚥下関連筋の量を定量化する臨床応用可能な方法はいまだ確立されていませんが、嚥下関連筋力評価は可能です。例えば、舌圧測定を用いて嚥下関連筋の力を定量的に評価することができます。また、超音波検査による嚥下筋の質的評価についても注目が集まっています[6,7]。神経性嚥下障害等の他に嚥下障害を引き起こす病態で説明がつかないことも重要な診断要素です。神経性嚥下障害は、神経学的所見とともに、嚥下スクリーニング検査陽性、画像評価での嚥下運動の非正常な動態の存在、それら所見が神経原性であるという病歴を勘案した根拠がそろうことで診断できます[5]。
サルコペニアの嚥下障害 | 神経性嚥下障害 | |
病因 | 嚥下筋に影響を及ぼす全身性サルコペニア | 神経障害または疾患に起因する運動・感覚の神経学的異常又はその連携異常 |
診断 | 全身のサルコペニア+他に原因が説明できない+嚥下筋のサルコペニア(筋量・筋力) | 病態を説明できる病歴、神経学的検査、スクリーニング評価、詳細アセスメント、画像評価(VF, VE, エコー等) |
治療 | 全身のサルコペニア対策(栄養療法・運動)+口や喉に対するトレーニング+食形態や姿勢調整 | 原疾患治療+病態に基づく嚥下リハ+食形態や姿勢調整 |
治療
サルコペニアの嚥下障害に対しては、まずリハビリテーション栄養という考え方が中心となります。具体的には、十分なたんぱく質摂取やエネルギー補給、加えて抵抗運動や複合運動療法などを組み合わせた介入により、筋量と筋力の回復を目指します。強制的な栄養付加が重要ということではなく、対象患者の栄養状態やエネルギー消費量、目指すべきゴール、医療者側のスキル、患者の意向など様々な側面を総合的に判断し介入内容を決定します。栄養+運動療法の組み合わせで舌圧が上昇するといった研究報告もあります[8]。
一方、神経性嚥下障害の場合は、原因となる神経疾患の治療がまずは重要です。たとえば、脳卒中後の患者に対しては、早期の神経リハビリテーションや、場合によっては薬物療法、さらには神経刺激療法など、多職種が連携して包括的な治療プログラムを実施することが求められます[5]。また、言語聴覚士、理学療法士、作業療法士、管理栄養士などの専門家がチームを組んで、患者ごとの状態に応じた個別の介入計画を策定することも価値があります。神経性嚥下障害は、単一の治療法だけでは効果が得られにくく、各専門分野の連携による統合的アプローチが、誤嚥性肺炎の予防やQOL改善に寄与すると考えられています[5]。
両者の違いを理解することは、治療効果の最大化および合併症の予防につながります。サルコペニアの嚥下障害では、栄養管理と嚥下および全身のリハビリテーションが不可欠であり、早期の介入により筋萎縮の進行を抑制できる可能性があります[1]。全身のサルコペニア対策が必要ということです。対して、神経性嚥下障害では、原因疾患の治療とともに、嚥下機能の客観的評価を通じた個別の介入が必要であり、嚥下運動を神経学的観点から向上させるリハビリテーションが求められます[5]。
今後の課題として、サルコペニアの嚥下障害と神経性嚥下障害の因果関係や重複部分(つまり、dysphagia with sarcopenia)についての解明、そしてそれぞれに対する最適な治療アルゴリズムの確立が挙げられます。特に、高齢化が進む現代においては、両者の適切な鑑別と早期介入が、患者の生命予後や生活の質向上に大きく貢献すると考えられます[1,3,4]。「嚥下が悪いから嚥下リハ」という思考停止的医療から「病態生理に基づく適切な嚥下リハ」へシフトする必要があります。
参考文献
- Fujishima I, Fujiu-Kurachi M, Arai H, et al. Sarcopenia and dysphagia: Position paper by four professional organizations. Geriatr Gerontol Int. 2019;19(2):91-97. DOI: 10.1111/ggi.13591.
- Chen KC, Jeng Y, Wu WT, et al. Sarcopenic Dysphagia: A Narrative Review from Diagnosis to Intervention. Nutrients. 2021;13(11):4043. DOI: 10.3390/NU13114043.
- Kakehi S, Isono E, Wakabayashi H, et al. Sarcopenic Dysphagia and Simplified Rehabilitation Nutrition Care Process: An Update. Ann Rehabil Med. 2023;47:337-347. DOI: 10.5535/arm.23101.
- Maeda K, Takaki M, Akagi J. Decreased Skeletal Muscle Mass and Risk Factors of Sarcopenic Dysphagia: A Prospective Observational Cohort Study. Journ Gerontol A Biol Sci Med Sci. 2016;71:1290-1294. DOI: 10.1093/gerona/glw190.
- Cosentino G, Todisco M, Giudice C, et al. Assessment and treatment of neurogenic dysphagia in stroke and Parkinson’s disease. Curr Opin Neurol. 2022;35:741-752. DOI: 10.1097/WCO.0000000000001117.
- Wakabayashi H, Kishima M, Itoda M, et al. Diagnosis and Treatment of Sarcopenic Dysphagia: A Scoping Review. Dysphagia. 2021;36:523-531. DOI: 10.1007/S00455-021-10266-8.
- Sakai K, Sakai K, Gilmour S, et al. A Machine Learning-Based Screening Test for Sarcopenic Dysphagia Using Image Recognition. Nutrients. 2021;13:4009. DOI: 10.3390/NU13114009.
- Nagano A, Maeda K, Koike M, et al. Effects of Physical Rehabilitation and Nutritional Intake Management on Improvement in Tongue Strength in Sarcopenic Patients. Nutrients. 2020;12(10):3104. doi: 10.3390/nu12103104.