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アジア人向け悪液質診断基準(AWGC2023)

2025.7.31

2025/7/31公開 著者:前田圭介

悪液質は、慢性疾患に起因する深刻な代謝性不均衡であり、その早期診断と適切な介入は患者のQOL向上および生命予後改善に極めて重要である。
特にアジア人集団においては、欧米人と異なる身体組成や疾患特性を考慮した診断基準の確立が喫緊の課題であった。このような背景から、アジアの専門家で構成されるAsian Working Group for Cachexia (AWGC) が設立され、2023年にアジア人向け悪液質診断基準のコンセンサスレポートが発表された。
本稿では、このAWGC2023悪液質診断基準の概念、構成要素、そして臨床的意義について学術的に解説する。

悪液質の概念とアジア人向け診断基準策定の背景

悪液質は、慢性疾患に付随する全身性炎症、異化亢進、タンパク質同化抵抗性といった代謝異常によって引き起こされる骨格筋の進行性喪失を主徴とする症候群である。これは単なる栄養不良や飢餓とは異なり、高代謝・高異化状態を伴う点が特徴である。国際的な悪液質診断基準としてはEvans基準 やFearon基準 が広く用いられてきた。しかし、これらの基準は主に欧米人集団のデータに基づいているため、平均BMIが低く、身体組成が異なるアジア人集団には必ずしも適用しにくいという課題が指摘されていた。例えば、欧米の進行がん患者の平均BMIが25 kg/m2程度であるのに対し、アジアの悪液質研究対象者の平均BMIは約21~22 kg/m2と明らかに低い値を示す。この現状を踏まえ、アジア人における悪液質の正確な診断を可能とし、臨床実践および研究を促進するためにAWGCは診断基準の策定に着手した。

AWGCは、2021年より複数回のWeb会議とDelphi法を用いた合意形成プロセスを経て、包括的な診断基準を構築した。このプロセスで、悪液質の概念、診断項目、および臨床アウトカムについてアジアの専門家間のコンセンサス形成が図られた。

AWGCによる悪液質の定義

AWGC2023では、悪液質を「慢性疾患に関連する代謝の不均衡で、体重減少、炎症状態、および/または食欲不振を伴う」と定義している。
この定義は、悪液質の病態の主要な側面である代謝異常、炎症、食欲不振を明確に位置づけている。また、疾患症状の多様性や測定限界を考慮し、診断的要素を包含しつつも、複合的な病態を包括的に説明できるよう簡素化された点が特徴である。臨床的価値の高い、早期発見・早期介入の観点から、検出感度を高めることが重視されている。

AWGC2023診断基準

アジア人患者における悪液質の診断を目的とし、以下の3つの主要項目から構成される。

1. 病因(基礎疾患の存在): 悪液質の診断には、活動性の慢性疾患の併存が必須条件である
2. 体重関連問題:病因とともに必須条件である
3. 所見:悪液質の病態の本質を反映する主観的・客観的指標、バイオマーカーについて評価し少なくとも一つの異常があることを診断条件とする

AWGC2023悪液質診断基準 

カテゴリー項目基準備考
1. 病因活動性の慢性疾患の存在 既往ではなく、現在併存している活動性の慢性疾患であることが必須条件である。
具体的には、がん、うっ血性心不全、慢性閉塞性肺疾患、慢性腎臓病、関節リウマチ、その他の膠原病、慢性呼吸不全、慢性肝不全、進行性増悪または制御できていない慢性感染症が挙げられる。
2. 体重関連以下のいずれかを満たすこと:
① 体重減少 >2%(3~6か月)
② Body mass index (BMI) <21 kg/m²
>2%(3~6か月)<br><21 kg/m²アジア人悪液質研究から平均体格を考慮し、早期検出を重視して感度を高めた設定である。
体重50kgの患者で1kgの減少に相当する2%以上の体重減少が有意と判断される。
低BMIは死亡リスクの高さと関連しており、既存基準よりも高い21 kg/m2が暫定的なカットオフ値として提案された23。
浮腫や体液貯留がある場合は、体重減少やBMIの評価時に考慮する必要がある。
3. 所見以下のうち1つ以上に該当すること:
a) 食欲不振
b) 握力低下
c) CRP上昇
食欲不振:
SNAQ等の妥当なツール使用を推奨
握力低下:
男性 <28 kg
女性 <18 kg

CRP上昇:
>0.5 mg/dL (暫定)
食欲不振は患者の主観的な訴え、または食事摂取量の低下を評価する。Simplified Nutritional Appetite Questionnaire (SNAQ) などのスクリーニングツールの利用が推奨される。
握力は、アジア人のサルコペニア診断に用いられるAWGS 2019基準に準拠したカットオフ値である。
CRPの上昇は炎症の関与を示すバイオマーカーであり、0.5 mg/dL (5 mg/L) 以上が暫定的な異常値とされている 。今後の研究次第でカットオフ値が変更される可能性もある。

悪液質評価における臨床アウトカムの重要性

AWGCは、悪液質患者の臨床管理と研究を促進するために、重要な臨床アウトカム指標も提唱している。

• 死亡率: 疾患を持つ患者における最も重要なハードアウトカムである。悪液質は患者の生命予後を著しく悪化させることが知られている。

• 生活の質 (QOL): 悪液質による体組成変化や筋機能低下は、患者のQOLを著しく損なう。患者報告型アウトカム (PROs) が重要である。具体的には以下のような指標が望ましい。

    ◦ EQ-5D (EuroQol 5 dimensions)

    ◦ FAACT (Functional Assessment of Anorexia/Cachexia Therapy)

    ◦ その他 (例: EORTC-QLQ-C30)

• 身体機能: QOLと密接に関連しており、患者の日常生活機能や身体活動能力を評価する。以下の指標が実臨床での評価に適している。

    ◦ Clinical Frailty Scale (臨床虚弱尺度)

    ◦ Barthel Index

    ◦ その他 (例: Katz Index, Lawton IADL scale, 6分間歩行距離など)

これらのアウトカム指標を用いることで、悪液質患者の包括的な評価と、個別化された治療効果の検証が可能となる。また、同一アウトカムを用いることで臨床研究の促進にもつながる。

今後の展望と多角的介入の必要性

AWGC2023診断基準は、アジア地域における悪液質研究の活性化と臨床実践の改善を目的としている。この基準が広く適用されることで、悪液質の症例検出率が向上し、栄養療法、運動療法、薬物療法、そして心理社会的サポートを含む学際的な複合的アプローチの実施が促進されることが期待される。悪液質の治療は単一の栄養補給だけでは不十分であり、基礎疾患の特性や患者の個別的状況に応じた多職種連携による介入が不可欠である。AWGCは今後、アジア人向けの最適な悪液質治療・予防・ケアに関するコンセンサスやガイドラインの策定も計画しており、本診断基準がその基盤となることが期待される。

参考文献

Arai H, Maeda K, Wakabayashi H, Naito T, Konishi M, Assantachai P, Auyeung WT, Chalermsri C, Chen W, Chew J, Chou MY, Hsu CC, Hum A, Hwang IG, Kaido T, Kang L, Kamaruzzaman SB, Kim M, Lee JSW, Lee WJ, Liang CK, Lim WS, Lim JY, Lim YP, Lo RS, Ong T, Pan WH, Peng LN, Pramyothin P, Razalli NH, Saitoh M, Shahar S, Shi HP, Tung HH, Uezono Y, von Haehling S, Won CW, Woo J, Chen LK. Diagnosis and outcomes of cachexia in Asia: Working Consensus Report from the Asian Working Group for Cachexia. J Cachexia Sarcopenia Muscle. 2023 Oct;14(5):1949-1958. doi: 10.1002/jcsm.13323. Epub 2023 Sep 5. PMID: 37667992; PMCID: PMC10570088.

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