愛知医科大学病院
著者:石田優利亜、竹内知子、原田英典
嚥下調整食提供数(1日あたり)
約150食
従来の嚥下調整食の課題
愛知医科大学病院では、日本摂食嚥下リハビリテーション学会の嚥下調整食分類2021(コード分類)に基づき、「嚥下ピューレ食2-2(コード2-2、基準1000kcal)」や「嚥下やわらか食3(コード3、基準1100kcal)」を提供していました。しかしこれらの基準量では、完食しても十分な栄養摂取が難しく、さらにボリュームが多いため完食自体も困難なことが多く、結果として全体の摂取量が少なくなる傾向がみられました。嚥下調整食を利用する患者さんは、低栄養リスクが高く、体重減少につながるケースも少なくありませんでした。
さらに、使用できる食品や調理方法に制限が多いため、主食や付加食材で簡単にエネルギーを引き上げることができませんでした。コストを抑えた栄養強化は難しく、栄養剤を追加すると単価が上がるうえ、食事量も増えてしまい、かえって喫食率が低下するという悪循環もありました。患者さんからは「何を食べているかわからない」といった声も寄せられ、見た目や嗜好面での課題も顕在化していました。
また、調理体制の面でも課題がありました。当院は直営方式で調理を行っていますが、調理師の高齢化や人員不足が深刻化しており、大規模病院ゆえに多くの調理師が関わるため、誰が作っても同じ仕上がりになる工夫が求められています。特に嚥下調整食は粘度や物性が厳格に決められており、失敗が許されないため、工程の標準化が大きな負担となっていました。加えて、1回の提供食数はコード1からコード4までで約50食、そのうち「嚥下ピューレ食2-2」が7食、「嚥下やわらか食3」が20食を占めています。このように一定の食数規模がある中で、質と安定性を維持しつつ栄養強化を実現することは容易ではありませんでした。
こうした背景から、「美味しく安全で、かつ栄養強化された嚥下調整食」への転換は、当院にとって喫緊の課題となっていました。
栄養強化嚥下調整食導入までの体制作り
従来の嚥下調整食は調理師が院内で一から調理している料理がほとんどでした。しかし調理師の高齢化や人員不足により、安定した品質での提供が難しくなっていました。そこで、セントラルキッチンで調理した料理を活用する体制へと移行しました。これにより、嚥下調整食に関しては、米の炊飯とデザートの調理で済み、調理作業の大幅な負担軽減を実現しました。炊飯時には、あらかじめ定めた割合でMCTオイルを加えることで、効率的に栄養価を高める仕組みを整えました。
導入にあたり、調理師に対して特別な研修やマニュアル作成は行っていませんが、実際の試食を通して食感や味を理解してもらう場を設け、新しい食種への理解を深めました。これにより、日常業務において迷いなく提供できる環境を整えています。
献立の構成については、朝・昼・夕食それぞれで主菜1品、副菜1品をセントラルキッチンで調理した料理(完全調理品)とし、主食とデザートは院内で調理する方針にしました。デザートについては、既製品の栄養補助食品や、粉末タイプの栄養剤を水に溶かして作る簡便なデザートを用いるなど、手間をかけずに栄養価を補える方法を採用しました。
さらに、主菜と副菜の完全調理品は冷凍での保存が可能で、1個ずつの梱包品を在庫として確保しました。これにより、急な食数の増減があっても柔軟に対応でき、必要な数のみを直前に解凍し準備することで食品ロスの削減も実現しました。
嚥下調整食変更については、医師・看護師への通達に加え、摂食嚥下チームの会議や病院部長会で共有し、病院全体として統一した認識のもとで導入を進めました。こうして「美味しく、栄養価の高い嚥下調整食」を安定して提供できる体制が整いました。
工夫点と苦労した点
粥の工夫
全粥は、普通のご飯よりもエネルギー量が少なく、見た目にボリュームがあっても、実際のエネルギーはご飯の3分の1以下になることがほとんどです。そこで、エネルギー量を高めるために「炊飯時」にMCTオイルを加えました。味や食感には良い意味で変化がなく、違和感のない仕上がりとなりました。また、味の単調さを避けるために、鶏がら・塩・かつおだしの3種類の味つき粥を導入しました。その結果、患者さんからは「食欲がわく」「飽きない」といった声が聞かれました。
栄養価確保の工夫
嚥下調整食は量を増やすことが難しいため、「1日3食で1700kcalを確保する」ことに最も苦労しました。エネルギーだけでなく、たんぱく質の目標値も意識し、栄養強化パウダーやMCTオイルを組み合わせることで必要量を満たすように工夫しました。
調理の効率化とロス削減
従来はあらかじめまとめて調理していたため、実際の食数が少ない日は余剰がそのまま食品ロスとなり、逆に食数が多い日は規定より少ない量にして提供せざるを得ないこともありました。しかし、冷凍の個別包装タイプを導入したことで、食数に応じて必要分だけ解凍できるようになり、食数変動に柔軟に対応しながら食品ロスも削減することができました。
盛付けの工夫
盛付け作業の効率化と見た目の改善も重要な工夫点でした。コード3の食事(嚥下やわらか食3)は冷凍のまま皿に盛り付けると、自然解凍で形よく仕上がり、見た目の美しさを維持しやすくなりました。コード2-2の食事(嚥下ピューレ食2-2)は1人前ずつ個包装されており、皿に直接移すだけで提供可能なため、盛付けの均一性が保たれ、調理師による仕上がりの差が生じにくくなりました。また、見た目の印象をより良くするために、黒・紺・深緑・えんじ色といったコントラストのはっきりした食器を採用しました。これにより料理がより鮮やかに見え、従来の嚥下食に比べ、視覚的にも満足度の高い食事を提供できるようになりました。
嚥下調整食1食のビフォーアフターの写真と栄養価
★コード2-2(嚥下ピューレ食2-2)
従来の嚥下調整食 | |
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基準値 | 1000kcal、たんぱく質:35g、脂質:25g、炭水化物:165g |
とある1日 | 1047kcal、たんぱく質:38g、脂質:24g、炭水化物:169g |




改定後の嚥下調整食 | |
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基準値 | 1700kcal、たんぱく質:65g、脂質:70g、炭水化物:180g |
とある1日 | 1712kcal、たんぱく質:68g、脂質:73g、炭水化物:193g |




★コード3(嚥下やわらか食3)
従来の嚥下調整食 | |
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基準値 | 1100kcal、たんぱく質:40g、脂質:25g、炭水化物:180g |
とある1日 | 1090kcal、たんぱく質:38g、脂質:25g、炭水化物:180g |





改定後の嚥下調整食 | |
---|---|
基準値 | 1700kcal、たんぱく質:65g、脂質:70g、炭水化物:180g |
とある1日 | 1701kcal、たんぱく質:69g、脂質:72g、炭水化物:189g |



