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高齢者の低栄養予防

2025.12.1

著者:岡田希和子(名古屋学芸大学管理栄養学部)

1.はじめに

高齢者の低栄養(malnutrition)は、体に必要なエネルギーやたんぱく質、ビタミンなどの栄養素が不足した状態で、加齢による食欲の低下、筋肉量の減少、噛む力や飲み込む力の衰えなど、様々な要因が重なりやすくなります。放置すると、サルコペニア、フレイル、ADL低下、感染症、褥瘡、再入院、死亡率上昇など、健康寿命を大きく左右します。【1】。

老年栄養の視点では、低栄養を単なる「摂取不足」ではなく、加齢に伴う代謝変化、身体機能の低下、社会的孤立、心理的要因など、多面的な背景を包括的に捉えることが重要です。

ここでは、老年栄養の視点を取り入れながら、低栄養の機序と予防・介入の実践的アプローチの一助を述べます。

2.加齢と栄養代謝の変化 【2】

加齢により、エネルギー代謝、たんぱく質代謝、消化吸収、内分泌、炎症応答など多くの生理機能が変化します。これらは互いに関連し合い、栄養摂取量が十分であっても体内での利用効率が低下します。結果として、筋肉量減少、免疫低下、骨量減少、代謝異常などが進行しやすくなります。

1)エネルギー代謝の変化

エネルギー代謝では、加齢により筋肉量が減少し、基礎代謝量は20歳時と比べて約20〜25%低下します。活動量も減るため、エネルギー消費が少なくなる一方、同時に食事摂取量も減少します。さらに、食後の熱産生反応(DIT)も低下するため、同じ食事をとっても体温上昇や代謝活性が弱くなり、代謝の効率が全体的に鈍化します。したがって、高齢者では単に食事量を増やすだけでなく、少量でも栄養密度の高い食事や代謝を刺激する摂取パターンが必要となります。

2)たんぱく質代謝と筋たんぱく質合成

たんぱく質代謝の変化として、加齢とともに筋たんぱく質合成能が低下します。これは「アナボリック・レジスタンス(anabolic resistance)」と呼ばれ、食事で摂取したアミノ酸への反応性が鈍くなる現象です。背景には、mTOR経路の反応低下、インスリン抵抗性、慢性炎症などが関与します。同じ量のたんぱく質を摂取しても、若年者ほど筋肉が合成されにくくなるため、高齢者では1回あたり20〜30gのたんぱく質を、1日3回に分けて摂取することが推奨されます。また、ロイシンを多く含む乳製品、魚、大豆、卵などを活用すると筋肉合成を促進しやすいです。サルコペニアの者では体重1kgあたり1.0〜1.2gのたんぱく質摂取が望ましいです。

3)脂質・糖質代謝の変化

脂質や糖質の代謝も加齢とともに変化します。脂質ではリポタンパクリパーゼ(LPL)活性が低下し、中性脂肪の利用が減る一方、肝臓や内臓への脂肪蓄積が増えます。これにより「サルコペニア肥満(筋肉量減少と脂肪蓄積の併存)」が起こりやすくなります。糖質代謝では、インスリン分泌の遅延と感受性低下が進行し、空腹時高血糖や糖尿病予備群が増えます。これらは筋肉へのグルコース利用を阻害し、さらに筋肉量減少を助長します。したがって、高齢者では過度な糖質制限ではなく、適正な炭水化物と良質な脂質(特にω-3脂肪酸)および十分なたんぱく質のバランスを保つことが重要です。

4)消化・吸収機能の変化

消化・吸収機能も変化します。加齢や萎縮性胃炎、プロトンポンプ阻害薬(PPI)の長期使用などにより胃酸分泌が減少し、鉄やカルシウム、ビタミンB12の吸収が低下します。膵酵素分泌も減り、脂肪の消化吸収が不十分になりやすく、さらに腸管粘膜の萎縮や腸内細菌叢の変化により、腸内環境が悪化して便秘や吸収不良が生じます。唾液分泌や咀嚼力の低下も摂取量を制限し、嚥下機能低下を伴うと誤嚥性肺炎のリスクが増します。

したがって、嚥下機能に応じた嚥下調整食(学会分類2021やIDDSI準拠)を選択し、口腔内を清潔に保つこと、舌や頬の運動訓練を取り入れることが、経口摂取維持の鍵となります【3】。

5)内分泌・ホルモン変化

内分泌系では、成長ホルモン(GH)やIGF-1の分泌が減少し、筋肉合成と骨形成が低下します。性ホルモン(テストステロン・エストロゲン)の低下も筋肉量減少や骨粗鬆症、脂肪蓄積に関与します。さらに、食欲を調整するレプチンやグレリンのバランスも崩れ、食欲低下や過食を引き起こすことがあります。慢性的なインスリン抵抗性は筋肉分解を促進し、脂肪代謝の異常を助長します。

6)炎症・免疫・酸化ストレス

慢性炎症や酸化ストレス(いわゆるinflammaging)が進行すると、IL-6やTNF-αなどの炎症性サイトカインが増加し、筋肉量の減少・アルブミン低下・免疫力の低下を引き起こします。そのため、抗酸化栄養素(ビタミンC・E、セレン、ポリフェノール)を十分に摂取することが推奨されます。

7)腸内環境の変化

腸内細菌叢も加齢とともに変化し、有益なビフィズス菌や酪酸産生菌が減少します。これにより腸内pHが上昇し、バリア機能が低下して炎症や便秘が起こりやすくなります。発酵食品(ヨーグルト、納豆、味噌)や食物繊維(野菜、海藻、オートミールなど)を取り入れることで腸内環境を整え、ビタミンB群やKの産生を補うことができます。

このように、加齢は全身の代謝系に影響を及ぼし、基礎代謝量やたんぱく質合成能の低下、消化吸収機能の減退、ホルモンバランスの変化、慢性炎症、腸内環境の悪化などが連鎖的に作用し、結果として低栄養やサルコペニア・フレイルが進行し、「食べる量」だけではなく、「栄養密度」「代謝反応性」「摂取環境」に注目し、少量高栄養食、運動併用など多角的なアプローチが求められます。

3.低栄養予防・介入

低栄養予防の基本は、「早期発見」「原因別介入」「多職種連携」の3本柱です。エネルギーは25〜30 kcal/kg/日、たんぱく質は1.0〜1.2 g/kg/日を目安とし、サルコペニアリスクが高い場合は1.2 g/kg/日以上を確保します。経口摂取が困難な場合にはONS(oral nutritional supplement)を導入し、200〜400 kcal/日を補います。特に、高齢者では「少量多回食」や嗜好を活かした間食利用が有効です。一方、運動療法を併用することで栄養介入効果が顕著に高まります。最新のメタ解析では、栄養+運動介入が筋量・身体機能を有意に改善することが報告【4】されており、「食べて動く」アプローチが低栄養予防の中心戦略といえます。また、多職種が連携し、「口腔―栄養―運動」を一体的にサポートすることが重要です。

4.おわりに

高齢者の低栄養は、単に食事量が少ないだけでなく、加齢による代謝・消化吸収・ホルモン・炎症・社会的な要因が複雑に関連する「老年症候群(geriatric syndrome)」の一部です。その予防には、「食べる力」「動く力」「社会とつながる力」を総合的に支えることが大切です。

参考文献

【1】Cederholm T et al. Clin Nutr. 2019;38(1):1–9.

【2】日本老年医学会. 老年栄養学テキスト 第2版. 東京: 南山堂; 2023.

【3】日本摂食嚥下リハビリテーション学会. 嚥下調整食分類2021.

【4】Choi M et al. BMC Geriatr. 2021;21(1):639


本記事は仲谷鈴代記念栄養改善活動振興基金の支援を受けています

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