著者:松本彩加(熊本リハビリテーション病院 サルコペニア・低栄養研究センター)
はじめに
日常の栄養管理において、体重変動や食事摂取量の評価、あるいは嚥下機能に合わせた食事形態の調整など、多角的なアプローチが行われています。しかし、こうした配慮を行っても、原因が判然としない食欲不振や、リハビリテーションを行っているにもかかわらず嚥下機能の改善が乏しいような、難渋する症例に遭遇することは少なくありません。
高齢者の栄養障害は、単一の要因で生じることは稀であり、もともとの生活習慣や身体活動量の低下、基礎疾患、口腔内の問題、認知機能、さらには心理的・社会的要因など、無数の因子が複雑に絡み合って形成されています。 その中で、意外と見落とされがちな、しかし重大な影響を及ぼしている要因の一つに「薬剤」があります。
高齢者医療における問題の一つとしてポリファーマシーが問題視される昨今、「抗コリン作用」を持つ薬剤の累積的な影響が、フレイルやサルコペニア、そして低栄養のトリガーになり得ることが明らかになってきました(1)。
抗コリン負荷とは
抗コリン作用とは自律神経系のうち副交感神経節後線維の終末および中枢神経系において、神経伝達物質であるアセチルコリンがムスカリン受容体に結合するのを競合的に阻害する作用を指します。副交感神経系はいわゆるヒトの体をリラックスモードにする神経です。ムスカリン受容体は脳だけでなく、唾液腺、消化管、膀胱など全身の様々な臓器に発現しています(図1)。そのため、薬剤によってこの受容体がブロックされると、多彩な症状を呈し、その中には栄養摂取の妨げになる症状も含まれます。抗コリン作用と聞くと、抗コリン作用を主作用とする過活動膀胱治療薬や抗パーキンソン病薬の中の抗コリン薬が思い浮かびやすいですが、抗コリン作用を主作用としていなくても、抗コリン作用を有する他の薬効群の薬剤は多数あります(2)。
図1. 副交感神経系の作用

抗コリン作用を持つ薬剤の代表例
| ● 第一世代抗ヒスタミン薬(感冒薬や市販の睡眠改善薬にも含まれる) ● 三環系抗うつ薬 ● 抗精神病薬 ● 過活動膀胱治療薬 ● 鎮痙薬 ● 抗パーキンソン病薬 |
個々の薬剤の作用は弱くても、これらが複数処方されることで、身体への総負荷量が増大し、有害事象を引き起こすこともあります。これが「抗コリン負荷」です(2)。
「抗コリン負荷」が栄養障害を招くメカニズム
薬剤が栄養状態を悪化させる機序は、単に悪心や食欲不振などの副作用が原因となるだけではありません。抗コリン負荷による栄養障害のリスクに関しては以下のメカニズムが考えられます。
① 摂食嚥下機能への影響
アセチルコリンは唾液分泌を司ります。これがブロックされることで、唾液分泌が抑制され、口渇を生じます。唾液は食塊形成や味覚の伝達に不可欠です。口腔内の乾燥は咀嚼、送り込みに影響を及ぼすだけでなく口腔内環境の悪化も招きます。さらに、咽頭の感覚や運動機能も低下するため、誤嚥リスクが高まります(3)。特に高齢者は口渇に関する自覚症状に乏しい場合もあり、本人の訴えがなくても医療者側の客観的な評価も重要です。
② 消化管運動の抑制
抗コリン作用は消化管の蠕動運動を抑制します。胃内容排出の遅延は満腹感を生じやすくなり、腸管の動きの停滞は便秘を引き起こします。どちらの症状も高齢者における食欲不振の原因となります。
③ 中枢神経作用による摂食行動の障害
抗コリン薬は中枢抑制系にも作用し、これにより認知機能低下やせん妄、傾眠が誘発されます。食事中に覚醒レベルが保てない、集中力が続かない、動作が緩慢になる、あるいは食事そのものを認識できなくなるといった、摂食行動レベルでの障害が生じ、結果として摂取量の減少を招きます。
抗コリン負荷と栄養障害のエビデンス
実際に抗コリン負荷が高齢者の低栄養と関連することも複数報告されています。
認知症のない外来通院高齢者を対象とし、Drug Burden Index(DBI)で抗コリン負荷を評価したところ、DBIの低栄養または低栄養リスクに対するオッズ比(95%信頼区間)が2.21(1.13-3.72)であったことが示されています(4)。また同研究において使用薬剤数のオッズ比は1.13(1.06-1.20)であったことから、薬の数が多いことよりも抗コリン負荷が栄養状態に対して影響を与えることが懸念されます。
また、日本の回復期リハビリテーション病棟における高齢患者を対象とした研究でも、Anticholinergic Risk Scale(ARS)で評価した抗コリン負荷が高いほどGeriatric Nutritional Risk Indexで評価した栄養状態と負の関連が示されています(5)。
現場での実践
栄養改善を目指す際、不足している栄養量に補助食品や経腸栄養/静脈栄養で「何を足すか」を考えるだけでなく、その要因を推論し対処していく必要があります。抗コリン負荷の栄養障害に対する視点を持つと「何を引くか」も重要な選択肢になります。
抗コリン負荷を数値化できるツールはDBI、ARS、ACBなど様々ありますが、日本では「日本版抗コリン薬リスクスケール」が最も市場に即したツールです。このスケールでは抗コリン作用を持つ薬剤を抗コリン作用の強さに応じて1点~3点でスコアリングし、全処方薬に対してこれらの点数を足し合わせることでその方の処方の総抗コリン負荷を算出・可視化できるようになります。
薬剤師は摂食嚥下障害や食欲不振の患者を見かけたとき、処方内容を確認し抗コリン負荷やその他、摂食嚥下に関わる症状や悪心などの副作用を有する薬剤を確認します。抗コリン薬リスクスケールなどを活用して数値化すると、チームでもリスクを共有しやすくなります。薬剤師による処方確認はベースとして不可欠ですが、患者の些細な変化に気づくのは、より患者の近くにいるスタッフである場合が非常に多いので多職種連携が鍵となります。特に看護師は「最近、水分を要求することが多くなった」「食事の途中で眠ってしまう」「便秘薬を使ってもお腹が張っている」といった細かな変化に最も早く気づける職種の一つです。また、歯科医師・歯科衛生士による口腔乾燥の評価や、言語聴覚士からの食塊形成不全・咽頭残留の報告も極めて重要な情報です。こうした各職種からの気づきを薬剤師や医師にフィードバックすることが、抗コリン負荷による栄養障害を疑う糸口となり、チーム医療における栄養改善の突破口になります。
おわりに
低栄養の原因は、加齢や疾患だけではありません。病気の治療・症状の緩和のために良かれと思って処方されている薬剤が、静かに患者の栄養状態を蝕んでいる可能性があります。不足した栄養を「足す」前に、「不要な負荷を引く」 という引き算の視点こそが、ポリファーマシーが問題視される現代の高齢者医療において重要なアプローチになり得ます。
引用文献
1. Yoshimura Y, Matsumoto A. Pharmacotherapy in Geriatric Rehabilitation: A Paradigm Shift from Disease Management to Functional Enhancement. Prog Rehabil Med. 2025;10:20250022.
2. Mizokami F, Mizuno T, Taguchi R, Nasu I, Arai S, Higashi K, et al. Development of the Japanese Anticholinergic Risk Scale: English translation of the Japanese article. Geriatr Gerontol Int. 2024 Dec;
3. Castejón-Hernández S, Latorre-Vallbona N, Molist-Brunet N, Cubí-Montanyà D, Espaulella-Panicot J. Association between anticholinergic burden and oropharyngeal dysphagia among hospitalized older adults. Aging Clin Exp Res. 2020 Sept;
4. Ates Bulut E, Erken N, Kaya D, Dost FS, Isik AT. An Increased Anticholinergic Drug Burden Index Score Negatively Affect Nutritional Status in Older Patients Without Dementia. Front Nutr. 2022;9:789986.
5. Kose E, Hirai T, Seki T, Yasuno N. Anticholinergic Load and Nutritional Status in Older Individuals. J Nutr Health Aging. 2020;24(1):20–7.
本記事は仲谷鈴代記念栄養改善活動振興基金の支援を受けています
