著者: 村田裕康(杏林大学保健学部)
1.はじめに
日本では高齢化が進行し、サルコペニアやフレイル、要介護状態の増加が大きな課題になっています。こうした背景には、筋力低下や持久力の低下、バランス障害など、身体機能の総合的な衰えが関与しています。
運動療法は、これらの問題に対する「非薬物療法」の中心的な手段であり、心血管疾患や糖尿病などの慢性疾患の予防・管理だけでなく、ADL・QOLの維持・向上にも寄与します。
本稿では、
● 有酸素運動
● 筋力トレーニング
● バランストレーニング
の3本柱に加え、近年注目されている「パワートレーニング」についても概説します(図1)。また、具体的な運動処方方法についても説明します。
図1:高齢者における運動療法の効果

2.高齢者における運動療法の基本原則
高齢者に運動を処方する際のキーワードは「安全に少しずつ(Start low, go slow)」です。
● 既往歴や併存疾患(心疾患、呼吸器疾患、骨粗鬆症など)
● 服薬状況(β遮断薬、抗凝固薬、血糖降下薬など)
● 既存の転倒歴や歩行能力
といった情報を確認したうえで、低〜中等度強度から開始し、段階的に負荷を増やしていくことが重要です。
運動処方を考える際には、いわゆるFITT(頻度 Frequency・強度 Intensity・時間 Time・種類 Type)を意識すると整理しやすくなります1。
3.有酸素運動
3-1.期待される効果
有酸素運動は、
● 心肺持久力の改善
● 血圧・血糖・脂質など循環代謝リスクの改善
● 認知機能の改善
といった多面的な効果が報告されています2,3。また、歩行速度や運動耐容能の改善を通じて、外出頻度や社会参加の維持にも寄与すると考えられています。
3-2.具体的な運動内容と処方
代表的な運動として、
● 速歩(可能であれば屋外歩行)
● エルゴメーター(自転車こぎ)
● 水中歩行やプールエクササイズ
などが挙げられます。
処方の一例
| 強度:ややきついが会話が可能な程度(RPE 11〜13程度*) 時間:1回20〜40分 頻度:週3〜5回 |
を目安とします。
*RPE:rate of perceived exertion(自覚的運動強度)
運動時の主観的負担度を数字で表したもので,Borg Scaleが代表的である。
4.筋力トレーニング
4-1.筋力トレーニングの役割
筋力トレーニングは、
● 全身の筋力および筋量の増加
● 転倒リスクの低下
などの効果が報告されています4。
4-2.具体的な種目と処方
代表的な種目
● スクワット
● プッシュアップ(腕立て伏せ)
● ヒールレイズ(踵上げ)
などがあります。
処方の目安としては、
| 強度:最大筋力の40〜60%程度 回数・セット:8〜12回 × 2〜3セット 頻度:週2〜3回 |
を基本とします。
関節痛や脊椎疾患がある場合には、疼痛が悪化しない範囲で動作範囲や負荷を調整して進めることが大切です。
5.バランストレーニング
5-1.バランストレーニングの効果
バランストレーニングは、
● 転倒率の減少
● 歩行安定性や方向転換能力の改善
といった効果が報告されており5、転倒予防において最も重要な介入の一つと考えられています。また、近年では仮想空間(VR)などを使用したトレーニングも開発されています。
5-2.代表的なトレーニング内容
具体的な内容としては、
● 片脚立位(支持物を使い、安全を確保した状態で)
● タンデムスタンス・タンデム歩行(一本線上に足を置く・歩く)
● 段差昇降やステップ動作
などがあります。
処方の目安として、
| 時間:1回10〜20分 頻度:週3回以上 |
を一つの目安とするとよいと考えられます。
必ず転倒リスクを評価し、手すりや平行棒、介助者の確保など、安全性を担保した環境で実施することが重要です。
6.パワートレーニング
6-1.なぜ「パワー」が重要か
高齢者では筋力だけでなく、「力を素早く発揮する能力(筋パワー)」がより早く低下するといわれています。そのため、近年は筋力トレーニングに加えて、パワーの維持・向上を意識したトレーニングも注目されています6。
6-2.実践のポイント
パワートレーニングといっても、高齢者の場合は「軽〜中等度の負荷を、やや素早い動作で行う」ことを基本とします。
例えば、
● 椅子からの立ち上がりを「できる範囲で素早く」行う(ただし安全第一)
● レッグプレスやレッグエクステンションを、押し出す局面だけやや速く行い、戻すときはゆっくり行う
といった工夫が考えられます。
最大努力での爆発的な動作を求めるのではなく、「フォームを保ちながら速度を少し意識する」程度に留め、痛みや不安感があれば速度・回数をすぐに調整します。
7.運動療法を継続させるための工夫
どれだけ良い運動内容でも、継続されなければ効果は限定的です7。運動療法を成功させるためには、以下の視点が重要になります。
・個別化:本人の目標に応じた処方にすること
・組み合わせ:複合プログラムの方が、単独介入より効果が大きい
・セルフマネジメント:自宅でできる運動メニューの提示、活動量計や記録表の活用などにより、患者さん自身が管理しやすい形にすること
これらを組み合わせることで、運動療法の効果をより長期的に引き出しやすくなります。
8.おわりに
高齢者における運動療法は、転倒予防やADLの維持、慢性疾患の管理に大きく貢献します。
医療者には、安全性への配慮とエビデンスに基づいた運動処方に加えて、自身の「やってみよう」という意欲を引き出し、継続を支える役割が求められます。
参考文献
本記事は仲谷鈴代記念栄養改善活動振興基金の支援を受けています
