公開日: 2026/1/6
Key Points
| ・日本の高齢外来患者において血漿リゾホスファチジルコリン(LPC)濃度の低下は、握力低下と関連していることが明らかになった ・特にLPC 18:0および18:2の低値は、握力低下リスクの上昇と有意に関連していた ・一方で、血漿LPC濃度は骨格筋量低下やサルコペニア診断とは有意な関連を示さず、筋量よりも筋力や筋機能に関与する可能性が示唆された ・LPCは筋力低下を評価するためのバイオマーカーや、食事・栄養介入の新たなターゲットとなる可能性がある |
研究の概要
研究の背景と目的
リン脂質は細胞膜の主要な構成成分であり、血漿脂質の約35%を占めています。膜の流動性や細胞シグナル伝達、膜タンパク質機能の調節に寄与するほか、エネルギー・脂質代謝、リポタンパク質の輸送、炎症反応の調節など、多岐にわたる生体機能に関与しています。既報では、加齢に伴う血中リン脂質プロファイルの変化は、サルコペニアの病態に関与する可能性が示唆されています。特に脂肪酸鎖を1本のみもつリゾホスファチジルコリン(LPC)は筋機能維持への関与が報告されていますが、高齢患者における詳細な関連や、筋量と筋力のどちらにより強く影響するかは十分に解明されていません。
本研究の目的は、日本の高齢外来患者を対象に、血漿リン脂質・リゾリン脂質濃度と、サルコペニア及びその診断要素との関連を調査することでした。
研究の方法
研究デザイン: 横断研究
対象: 国立長寿医療研究センターロコモフレイル外来を受診した65歳以上の患者185名(平均年齢79.5 ± 6.7歳、女性62%)
期間: 2022年10月〜2024年7月
評価項目
・血漿リン脂質プロファイル:LC-MS/MSにより、血漿リン脂質・リゾリン脂質(ホスファチジルコリン:PC、ホスファチジルエタノールアミン:PE、ホスファチジルイノシトール:PI、リゾホスファチジルコリン:LPC、リゾホスファチジルエタノールアミン:LPE)、既報でサルコペニア指標との関連が報告されているLPC分子種(16:0、18:0、18:2、20:4)を定量
・骨格筋量低下:生体電気インピーダンス法で測定した四肢骨格筋指数(ASMI)が男性<7.0 kg/m2、女性<5.7 kg/m2
・握力低下:男性<28kg、女性<18kg
・サルコペニア診断:GLIS基準に基づき、骨格筋量低下かつ握力低下により判定
統計解析
血漿リン脂質濃度の群間比較: サルコペニアの有無、骨格筋量低下の有無、握力低下の有無による2群間のリン脂質濃度をt検定で比較
血漿リン脂質濃度とサルコペニア指標の多変量解析: 各リン脂質濃度を三分位に分け、高値群をReferenceとして、サルコペニア、骨格筋量低下、握力低下との関連をロジスティック回帰分析で検討(共変量は年齢、性別、併存疾患[CCI]、総コレステロール、CRP)
主要な結果
・サルコペニアの有病率
全対象者のうち、サルコペニアを26.5%、骨格筋量低下を45.9%、握力低下を39.5%に認めた。
・血漿リン脂質とサルコペニアとの関連
サルコペニア群は非サルコペニア群より総LPCが有意に低値(1.86 × 10⁵ Area/mL vs. 2.08 × 10⁵ Area/mL, p=0.017)を示したが、調整後のモデルではLPCとサルコペニア診断との間に独立した関連は見られなかった。
・血漿リン脂質と握力低下の関連
握力低下群では、正常群に比べて総LPC濃度(1.87 × 10⁵ Area/mL vs. 2.12 × 10⁵ Area/mL; p=0.002)や総LPE濃度が低く、LPC 16:0、18:0、18:2も同様に低値であった。<図1>
図1. 握力低下の有無による血漿リン脂質・リゾリン濃度の比較

ロジスティック回帰分析の結果、LPC濃度三分位の最も低い群における握力低下のオッズ比は、総LPC で2.46(95% CI: 1.02–5.94, p=0.045)、LPC 18:0で2.73(1.13–6.62, p=0.026)、LPC 18:2で2.57(1.07–6.19, p=0.035)と有意に上昇していた。<図2>
図2. 血漿LPC、LPC18:0、LPC18:2濃度三分位群と握力低下の関連(ロジスティック回帰分析)

・血漿リン脂質と骨格筋量低下との関連
血漿LPCを含むいずれのリン脂質クラスも、骨格筋量(ASMI)低下とは有意な関連を示さなかった。
結論と意義
本研究では、日本の高齢外来患者において、血漿中のLPC濃度、特にLPC 18:0や18:2の低値が握力低下と関連していることを明らかにしました。一方で、血漿LPC濃度は骨格筋量低下やサルコペニア診断とは有意な関連を示しませんでした。
この結果は、LPCが骨格筋の量よりも筋肉の質や機能に関与している可能性を示唆する知見です。本研究の臨床的意義は、LPCが筋機能低下を早期に評価するためのバイオマーカーとしての活用可能性を示した点にあります。さらに、リン脂質は食事摂取との関連が報告されているため、サルコペニア予防に向けた新たな栄養介入のターゲットとなる可能性も考えられます。今後、縦断研究や介入研究によるさらなる検証が望まれます。
論文情報
| 掲載誌:Geriatrics & Gerontology International 論文タイトル:Low Plasma Lysophosphatidylcholine Levels Are Associated With Reduced Handgrip Strength in Older Outpatients 著者名:Sahoko Takagi, Keisuke Maeda, Marie Takemura, Shosuke Satake, Hiroyasu Akatsu, Hidenori Arai, Katsuyuki Nagata, Hideo Shindou DOI: https://doi.org/10.1111/ggi.70281 |
著者紹介
| 高木 咲穂子(https://researchmap.jp/sahoko-t ) 2015年 京都女子大学家政学部食物栄養学科 卒業 2017年 名古屋大学大学院医学系研究科修士課程医科学専攻 修了 同年より 国立病院機構に入職 2023年より国立長寿医療研究センター栄養管理部で勤務 |
問い合わせ・取材申し込み先
| 国立研究開発法人 国立長寿医療研究センター 栄養管理部 高木 咲穂子 TEL: 0562-46-2311(代表) E-mail: t.sahoko |
