老年栄養ドットコム

災害時における高齢者の栄養問題

2025.12.8

著者:川瀨 文哉(JA愛知厚生連 足助病院 栄養管理室)

はじめに

災害はいつ、どこでも起こる可能性があります。2024年のお正月に発災した能登半島地震は、能登半島を中心に甚大な被害をもたらしました。能登半島地震では、地理的な要因も関与し、被害が長期化したことも特徴の一つです。

近年では南海トラフ地震に関する話題も多く、内閣府から示されている南海トラフ巨大地震の被害想定1)では、被災1週間後の避難所避難者に占める要配慮者のうち、65歳以上の高齢者はおおよそ19万人にものぼると推計されています。また、発災後の3日間で食料が約1,930万食不足し、飲料水は約4,370万リットル不足すると推計されており、自助の一環として災害への備えが重要になります。しかしながら、2019年に実施された全国調査である「国民健康・栄養調査」では、災害時に備えて非常用食料を用意している世帯の割合は53.8%とやや低めの水準であったことも示されています2)

本稿では、特に高齢者の方にとって、災害の際にどのような危険因子が存在し、そしてどのような備えが必要なのか、減災の視点から考えていきたいと思います。

災害時に起こる高齢者の問題

 過去の災害では、避難所における栄養に関する相談において、高齢者の割合が多かったことが示されており、その内容は、食事の硬さや飲み込みにくさ等に関する摂食嚥下に関連する相談や高血圧症に関する相談が多かったと報告されています3)

 摂食嚥下障害だけでなく、「ふだんは通常の食事を食べているが、非常時には危険になる」場合にも注意が必要です。介護保険に認定を受けている方を対象とした研究では、「ふだんの生活では、誤嚥の危険性を認識していないが、災害時には潜在的な誤嚥の危険性を有している方」が、11.5%程度存在していることが示されています(表)4)。非常食は長期保存のためにパサパサしているものや硬いものが多く、普段の食事に問題では問題が無くても、非常食は食べにくいという可能性もあります。このような潜在的な危険因子に対して、家庭で十分に備えられていない(想定していない)可能性もあるため、注意が必要です。

また、高血圧症に関しても重要な問題です。東日本大震災の際には、被災後の収縮期血圧が平均で11.6mmHg程度上昇したことが示されており5)、被災後には循環器系疾患の発症率が高くなる可能性が示されています6)。これにはストレスの影響だけではなく、生活習慣の変化(食事・栄養バランスの悪化、食塩摂取過剰、睡眠障害、アルコール摂取量の増加、喫煙量の増加)などの影響も考えられており、災害時でも栄養管理が極めて重要であることがうかがえます。

表 要介護・要支援高齢者が有する災害時の栄養問題

Tashiro S, Kawakami M, Oka A, et al. J Rehabil Med. 2019 Apr 1;51(4):312-316.(CC-BY-NC)から筆者作成

栄養問題人数割合
問題なし83165.4 %
中心静脈栄養987.7 %
経腸栄養917.2 %
嚥下調整食/とろみ1058.3 %
通常食は問題ないが、災害食をうまく食べられない14611.5 %

避難所における栄養の基準

 避難所における食事提供では、適切な基準に基づく栄養管理が行われます。とはいえ、災害時にすべての避難所で完璧な栄養管理を実施することは大変難しく、平成28年(2016年)に厚生労働省から示されている栄養の基準7)では、エネルギー、たんぱく質、ビタミンB1、B2、Cについて1歳以上の数値が設定されています。加えて、思春期や成長期の子供、月経のある女性等でも栄養の参照量が示されています。1歳以上という大変広い年齢層に対して活用する基準になりますが、利用者の年齢構成等が把握できる場合には食事摂取基準を活用することが望まれています。実際の数値の活用についても柔軟な対応が求められます。例えば、ビタミンB1という栄養素は欠乏症として脚気等が知られています。しかし、日本人の食事摂取基準2025年版8)ではビタミンB1不足の状態を判定するために赤血球トランスケトラーゼ活性係数を用いており、脚気を引き起こす量だけで定義されているわけではありません。このように、単に数値だけを見るのではなく、策定根拠等を理解しておくことで柔軟な対応が可能になります。

特殊栄養食品について

 東日本大震災の際には経腸栄養剤の不足も問題になりました。多くの医療機関で食料を備蓄できていたものの、経腸栄養剤の備蓄率が低かったことが指摘されています。また、原子力事故の影響で、経腸栄養剤を利用している患者さんを受け入れた病院では、備蓄していた経腸栄養剤に対して必要数が上回ってしまい、緊急的に患者さんに提供する栄養量を減らして不足をしのいだという報告もなされています9)。このように、要配慮者に必要な特殊栄養食品(経腸栄養剤、乳児用ミルク、アレルギー対応食など)の備蓄は十分でないと言われています。これに対して、日本栄養士会では被災地に「特殊栄養食品ステーション」を設置する準備を行っています。

日本栄養士会災害支援チーム(JDA-DAT)

 日本栄養士会では、東日本大震災をきっかけに災害時に栄養・食生活支援活動を通じて被災地支援を行うためのチームである日本栄養士会災害支援チーム(JDA-DAT)を組織しています。JDA-DATは災害支援活動や情報収集、そして災害の規模に応じて長期的な支援を行います。また、平時には防災活動やJDA-DAT自身のトレーニングなども行っています。さらに、最近では世界各国で起こる災害や紛争への支援を行うための国際栄養支援専門登録管理栄養士(INSPRD:International Nutrition Support Professional Registered Dietitian)も誕生し、活動の幅を広げています。JDA-DATでは都道府県栄養士会が養成する「JDA-DATスタッフ」と、日本栄養士会が養成する「JDA-DATリーダー」で構成されています。興味のある方は、ぜひ都道府県栄養士会に確認をしてみてください。

文献

1. 内閣府, 南海トラフ巨大地震対策検討ワーキンググループ, 南海トラフ巨大地震 最大クラス地震における被害想定について, 2025.
2. 厚生労働省, 令和元年 国民健康・栄養調査結果の概要, 2020.
3. 齋藤 かなた, 須藤 紀子, 笠岡(坪山) 宜代, 下浦 佳之, 熊本地震において災害時要配慮者が直面した食の問題, 日本健康学会誌, 2021, 87 巻, 2 号, p. 84-93, 2021.
4. Tashiro S, Kawakami M, Oka A, et al. Estimating nutrition intake status of community-dwelling elderly people requiring care in disaster settings: A preliminary cross-sectional survey. J Rehabil Med. 2019 Apr 1;51(4):312-316.
5. Satoh M, Kikuya M, Ohkubo T, Imai Y. Acute and subacute effects of the great East Japan earthquake on home blood pressure values. Hypertension. 2011 Dec;58(6):e193-4.
6. Aoki T, Fukumoto Y, Yasuda S, et al.  The Great East Japan Earthquake Disaster and cardiovascular diseases. Eur Heart J. 2012 Nov;33(22):2796-803.
7. 厚生労働省健康局総務課 生活習慣病対策室, 避難所における食事提供に係る適切な栄養管理の実施について, 2011.
8. 厚生労働省, 「日本人の食事摂取基準(2025年版)」策定検討会報告書, 2024.
9. Yatabe J, Yatabe MS, Taguchi F, et al.  Outcomes of emergency reduction of tube feeding in hospitalized elderly adults during the aftermath of the Great East Japan Earthquake. J Am Geriatr Soc. 2012 Apr;60(4):804-5.


本記事は仲谷鈴代記念栄養改善活動振興基金の支援を受けています

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