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ポリファーマシーと筋肉の健康(Muscle Health)の関係

2025.4.3

2025/4/3公開 著者:松本彩加

高齢者は、加齢に伴う身体の変化や慢性疾患の増加により、複数の薬を長期間服用することが多くなります。このような状況で生じる「ポリファーマシー」は、転倒や認知機能低下などのリスクを高めるだけでなく、筋肉の健康にも深刻な影響を及ぼす可能性があります。

そもそもポリファーマシーとは?

ポリファーマシー(Polypharmacy)とは、一般的に「多剤併用」と訳され、5種類以上の薬を服用している状態を指します。しかし、単に薬の数が多いことが問題なのではなく、以下のような状況が懸念されます1

  • 不適切な薬が含まれている
  • 相互作用による悪影響が生じている
  • 本来中止できる薬が漫然と継続されている

特に高齢者は、加齢による老年症候群や複数の慢性疾患の影響でポリファーマシーに陥りやすくなります。ポリファーマシーは転倒や骨折、認知機能低下のリスクを増加させるだけでなく、最近の研究では“筋肉の健康(muscle health)”にも悪影響を及ぼす可能性が指摘されています。

筋肉の健康(Muscle Health)とは?

筋肉の健康とは、以下の3つの要素がバランスよく保たれている状態を指します。

  • 筋力
  • 筋肉量
  • 筋質(筋肉の質や機能)

この3つの要素が維持されることで、転倒やフレイルのリスクを抑え、健康的な生活を送るための鍵となります。

ポリファーマシーが筋力・筋肉量・筋質に与える影響

ポリファーマシーによる副作用や薬剤間相互作用、食物との相互作用は、筋力低下やふらつき、栄養素の吸収障害を引き起こし、筋肉の健康に悪影響を及ぼす可能性があります。筋力や筋肉量の低下が進むと、サルコペニアのリスクが高まります。サルコペニアの原因には加齢(一次性)、低活動、低栄養、疾患(二次性)が知られていますが、最近では薬剤性サルコペニアも注目されています2

地域在住の高齢者において、ポリファーマシーはサルコペニアのリスクと関連していることが報告されています3。また、サルコペニアがあると、薬剤の処方数が増え、ポリファーマシーのリスクが高まる4という負の連鎖が生じることも明らかになっています。

「筋力」との関連について、例えば、スタチン系薬剤(脂質異常症治療薬)は横紋筋融解症の副作用が知られていますが、軽度でも筋肉痛や筋力低下を引き起こすことがあります。また睡眠薬や抗精神病薬などの向精神薬は中枢系に作用することで、筋力低下や転倒のリスクと関連します。わたしたちの研究では、脳卒中後のリハビリテーションを行う患者においてポリファーマシー自体が筋力の回復を妨げる要因となり5、特にスタチン6や抗精神病薬7の使用が筋力回復と負に関連することがわかりました。

「筋肉量」に関しては、糖尿病の治療薬の中で尿糖排出を促進する作用をもつSGLT-2阻害薬が、2型糖尿病患者において体重かつ除脂肪量の有意な減少を示すことが報告されています8

「筋肉の質」に関しては、高齢入院患者において服用する薬の数が増えると位相角(筋肉の質)が低下することが報告されています9

このように、ポリファーマシーは多方面から筋肉の健康に影響を与えるため、注意が必要です。

ポリファーマシーによる筋肉への悪影響を防ぐには?

「薬が必要なのはわかっているけど、筋肉が弱っていくのは困る!」という方に向けて、以下のポイントを意識することが重要です。

1.定期的な薬剤見直し

主治医や薬剤師と相談し、不必要な薬やリスクの高い薬を減らせるか確認しましょう。

2.栄養管理

タンパク質摂取を意識しましょう。ポリファーマシー状態の脳卒中後高齢患者において薬剤数の減少が摂取栄養量と関連することもわたしたちの研究で明らかになっています10。栄養介入の効果を高めるためにもポリファーマシー対策が重要です。

3.運動の継続

筋力トレーニングや歩行など、適度な運動を続けることで筋力低下を防ぎましょう。運動時に影響を与えるような眠気やふらつきの副作用のある薬剤を服用している場合は、注意が必要です。

まとめ

病気の治療や、病状の安定を図るために必要な薬ですが、毎日の生活の中で、「この薬、本当に必要?」と一度立ち止まって考えることが大切です。薬剤の見直しや適切な選択を行うことで、筋肉の健康を守ることが可能です。

栄養管理や運動療法とともに、医療専門家と協力しながら安全な薬物療法を維持することで、高齢者の筋肉の健康とQOL向上を目指しましょう。

引用文献

  1. 高齢者の医薬品適正使用の指針. 厚生労働省. 2018年5月
  2. Kuzuya, M. Drug-related sarcopenia as a secondary sarcopenia. Geriatr Gerontol Int (2023) doi:10.1111/ggi.14770.
  3. Pana, A., Sourtzi, P., Kalokairinou, A. & Velonaki, V. S. Sarcopenia and polypharmacy among older adults: A scoping review of the literature. Arch Gerontol Geriatr 98, 104520 (2022).
  4. Prokopidis, K. et al. Sarcopenia is associated with a greater risk of polypharmacy and number of medications: a systematic review and meta-analysis. J Cachexia Sarcopenia Muscle 14, 671–683 (2023).
  5. Matsumoto, A. et al. Association of polypharmacy at hospital discharge with nutritional intake, muscle strength, and activities of daily living among older patients undergoing convalescent rehabilitation after stroke. Jpn J Compr Rehabil Sci 13, 41–48 (2022).
  6. Matsumoto, A. et al. Statin use impairs muscle strength recovery in post-stroke patients with sarcopenia. Geriatr Gerontol Int 23, 676–683 (2023).
  7. Kose, E., Yoshimura, Y., Wakabayashi, H. & Matsumoto, A. Use of Antipsychotics is Negatively Associated with Muscle Strength in Older Adults with Sarcopenia after Stroke. J Stroke Cerebrovasc Dis 31, 106587 (2022).
  8. Ida, S. et al. Effects of Antidiabetic Drugs on Muscle Mass in Type 2 Diabetes Mellitus. Curr Diabetes Rev 17, 293–303 (2021).
  9. Moriyama, T. et al. Correlation between Phase Angle and the Number of Medications in Older Inpatients: A Cross-Sectional Study. Ann Geriatr Med Res 28, 419–426 (2024).
  10. Matsumoto, A. et al. Deprescribing Leads to Improved Energy Intake among Hospitalized Older Sarcopenic Adults with Polypharmacy after Stroke. Nutrients 14, 443 (2022).
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