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腸内細菌の乱れと体組成の変化:健康長寿のための新たな視点

2025.3.31

2025/3/31公開 著者:吉村芳弘

健康長寿を支える「見えない宝物」として注目されている腸内細菌叢。近年の研究で、腸内細菌の乱れ(dysbiosis)と様々な健康問題の関連が明らかになってきました。特に高齢者や疾患を持つ方々においては、腸内環境の変化が筋肉量の減少や全身の炎症反応など、体組成に大きな影響を与えることがわかってきました。今回は、私たちの研究グループが最近発表した研究成果を中心に、腸内細菌と体組成の関係について解説します。

腸内細菌叢と健康:小さな共生者たちの大きな役割

私たちの腸内には約1000種類、100兆個以上の細菌が生息しています。これらは単に腸の中にいるだけではなく、消化・吸収の補助、免疫機能の調整、代謝産物の産生など、私たちの健康に欠かせない多くの役割を担っています1

「年を取るにつれてお通じが悪くなって、体重も減りました。筋肉も減った気がします。腸内環境も関係ありますか?」
このような質問を耳にしますが、答えは「はい。大いに関係があります」です。年齢を重ねると腸内細菌の多様性は低下し、有益な菌が減少する傾向にあります2。また、病気や入院、薬の使用などによっても腸内環境は大きく変化します。

脳卒中後の腸内細菌叢と体組成の変化:私たちの最新研究から

私たちの研究グループでは、脳卒中後のリハビリテーション患者さんにおける腸内細菌叢と体組成の関連について一連の研究を行ってきました。その結果、驚くべき関連性が次々と明らかになっています。いずれも2025年に発表したばかりのホットな3本の論文を紹介します。

腸内細菌叢と体組成の関係に関する最新研究のまとめ(2025年発表)
研究テーマ対象評価指標主な結果臨床的意義・示唆
① 全身性炎症と腸内細菌叢の多様性脳卒中後患者 156名・mGPS(炎症)
・Shannon指数
・OTU Richness
・Faith’s PD
mGPSが高い群で腸内細菌叢の多様性が有意に低下炎症と腸内環境の乱れが相互に関連し、回復遅延の一因となる可能性
② 栄養摂取と腸内細菌叢の多様性同上(性別別に解析)・エネルギー/たんぱく質摂取量
・Shannon指数等
エネルギー摂取量と腸内細菌多様性に有意な正の相関(男女とも)
※タンパク質摂取とは非有意
栄養状態の良否が腸内環境に影響しうるため、栄養管理が重要
③ 腸内細菌叢の多様性と筋肉の健康(muscle health)同上・SMI(筋肉量)
・握力(筋力)
・位相角PhA(筋肉の質)
腸内細菌叢の多様性とすべての筋指標に正の相関腸内環境の良好さがサルコペニア予防や筋機能回復に寄与する可能性

全身性炎症と腸内細菌叢の多様性

まず一つ目の研究では、脳卒中後の患者さん156名を対象に、全身性炎症と腸内細菌叢の多様性の関連を調査しました3。全身性炎症はmGPS(modified Glasgow Prognostic Score)で評価し、腸内細菌叢の多様性はShannon指数、OTU richness、Faith’s Phylogenetic Diversity (PD)という3つの指標で評価しました。
その結果、全身性炎症が強い患者さんでは腸内細菌叢の多様性が有意に低下していることがわかりました。具体的には、mGPSが高い(炎症が強い)患者さんほど、Shannon指数とOTU richnessが低くなっていました。これは、全身性炎症と腸内細菌叢の乱れが密接に関連していることを示しています。
「リハビリテーション中なのに体が思うように動かない、回復が遅い」と感じる患者さんのなかには、腸内環境の乱れと全身性炎症が関与している可能性があります。

栄養摂取と腸内細菌叢の多様性

二つ目の研究では、同じく脳卒中後の患者さんを対象に、エネルギー摂取量と腸内細菌叢の多様性の関連を調査しました。この研究では男女別に分析を行い、様々な交絡因子を調整した上で関連を検討しました4
興味深いことに、エネルギー摂取量は腸内細菌叢の多様性と有意な正の相関を示しました。つまり、十分なエネルギーを摂取している患者さんほど、腸内細菌叢の多様性が高いことがわかりました。これは男女ともに同様の結果でした。

一方で、たんぱく質摂取量と腸内細菌叢の多様性には有意な関連は見られませんでした。これは、総エネルギー摂取量がたんぱく質の種類や量よりも腸内細菌叢の多様性に影響を与えている可能性を示唆しています。
「食欲がなくて食べられない」「体重が減ってしまう」といった高齢者や患者さんの訴えは、単なる栄養問題ではなく、腸内環境の乱れにもつながる可能性があります。

腸内細菌叢の多様性と筋肉の健康状態(muscle health)の関係

三つ目の研究は、腸内細菌叢の多様性と筋肉量、筋力、筋肉の質の関連を調査したものです5。筋肉量は骨格筋指数(SMI)、筋力は握力(HGS)、筋肉の質は位相角(PhA)で評価しました。最近では、これらをまとめて筋肉の健康状態(muscle health)として扱うことが増えています。
結果として、腸内細菌叢の多様性(OTU RichnessとShannon指数)が高い患者さんほど、SMI、握力、位相角が高いという有意な正の相関が認められました。言い換えれば、腸内細菌叢が豊かな患者さんは、筋肉量も多く、筋力も強く、筋肉の質も良好だったのです。
この結果は非常に重要な意味を持ちます。筋肉量や筋力の低下(サルコペニア)は、高齢者の自立した生活を脅かす大きな要因ですが、これが腸内細菌叢と関連しているということは、腸内環境の改善が筋肉の健康維持に役立つ可能性を示唆しているからです。
「リハビリをがんばっているのに筋肉がなかなかつかない」という患者さんの中には、腸内環境の乱れが影響している方もいるかもしれません。

臨床への応用:どう活かすべきか

これらの研究成果から、いくつかの重要な臨床的示唆が得られます。

  1. 全身性炎症の評価と管理:特に脳卒中などの後には、全身性炎症が腸内細菌叢の多様性低下と関連している可能性があります。炎症マーカーの評価と適切な管理が重要です。
  2. 十分な栄養摂取の重要性:適切なエネルギー摂取は腸内細菌叢の多様性維持に重要です。特に入院中や回復期の患者さんでは、エネルギー不足にならないよう注意が必要です。
  3. 腸内環境と筋肉の関連を意識したリハビリテーション:筋力トレーニングだけでなく、腸内環境を整えることも筋肉の回復・維持に役立つ可能性があります。
  4. 複合的アプローチの重要性:栄養療法、運動療法、薬物療法を組み合わせた複合的なアプローチが効果的です。

日常生活での実践:腸内環境を整えるために

では、具体的に日常生活で腸内環境を整えるにはどうすればよいでしょうか?

  1. 多様な食事:様々な種類の野菜、果物、穀物、豆類を摂り、食物繊維を十分に摂取しましょう。プロバイオティクス(ヨーグルトなど)やプレバイオティクス(食物繊維など)も積極的に取り入れると良いでしょう。
  2. 適切なエネルギー摂取:私たちの研究から、十分なエネルギー摂取が腸内細菌叢の多様性維持に重要であることがわかっています。極端な食事制限は避け、バランスの良い食事を心がけましょう。
  3. 適度な運動:適度な運動は腸の蠕動運動を促進し、腸内環境の改善に役立ちます。また、筋肉量の維持・増加にも効果的です。
  4. ストレス管理:過度のストレスは腸内環境に悪影響を与えます。リラクゼーション技法や十分な睡眠を心がけましょう。
  5. 抗生物質の適正使用:必要な場合は使用すべきですが、不必要な抗生物質の使用は腸内細菌叢に大きなダメージを与える可能性があります。

今後の展望:腸内細菌叢研究の未来

私たちの研究はまだ始まったばかりです。今後は以下のような研究が期待されます:

  1. 長期的な追跡研究:腸内細菌叢の変化と体組成の変化の因果関係をより明確にするための長期的な追跡研究
  2. 介入研究:プロバイオティクスやプレバイオティクス、あるいは糞便微生物叢移植(FMT)などの介入が体組成や機能回復に与える影響の検証
  3. メカニズムの解明:腸内細菌叢がどのようなメカニズムで筋肉量や炎症反応に影響するのかの解明
  4. 個別化医療への応用:個人の腸内細菌叢プロファイルに基づいた個別化された栄養・運動プログラムの開発

おわりに

私たちの体は私たちだけのものではなく、腸内細菌という小さな共生者たちと共に成り立っています。特に高齢期や疾患からの回復期において、この「見えない宝物」をいかに大切にするかが、健康長寿の鍵となるかもしれません。
今回紹介した研究成果は、腸内細菌叢が単なる消化器官の住人ではなく、筋肉量や全身性炎症など、体全体の健康に影響を与える重要な存在であることを示しています。今後も研究を重ね、より具体的な予防・治療戦略の確立を目指していきたいと思います。
皆さんも、日々の食事や運動、生活習慣を通じて、腸内環境を整え、健やかな毎日を過ごしていただければ幸いです。

参考文献

  1. Valdes AM, Walter J, Segal E, et al. Role of the gut microbiota in nutrition and health. BMJ. 2018;361:k2179.
  2. Claesson MJ, Jeffery IB, Conde S, et al. Gut microbiota composition correlates with diet and health in the elderly. Nature. 2012;488:178-184.
  3. Yoshimura Y, Wakabayashi H, Nagano F, Matsumoto A, Shimazu S, Shiraishi A, Kido Y, Bise T, Hamada T, Yoneda K, Maeda K. Systemic inflammation is associated with gut microbiota diversity in post-stroke patients. Eur Geriatr Med. 2025 Feb 11. doi: 10.1007/s41999-025-01159
  4. Nagano F, Yoshimura Y, Wakabayashi H, Matsumoto A, Shimazu S, Shiraishi A, Bise T, Kido Y, Hamada T, Kuzuhara A, Yoneda K, Maeda K. Gut microbiome diversity and nutrition intake in post-stroke patients. Geriatr Gerontol Int. 2025 Mar 17. doi: 10.1111/ggi.70017.
  5. Yoshimura Y, Wakabayashi H, Nagano F, Matsumoto A, Shimazu S, Shiraishi A, Kido Y, Bise T, Hamada T, Yoneda K, Maeda K. Gut microbiome diversity is associated with muscle mass, strength and quality in post-stroke patients. Clin Nutr ESPEN. 2025 Mar 4;67:25-33. doi: 10.1016/j.clnesp.2025.02.027.
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