2025/8/26公開 著者:若林秀隆 (東京女子医科大学病院リハビリテーション科)
カヘキシア(悪液質)とは、体重減少、炎症状態、食欲不振に関連した慢性疾患に伴う代謝不均衡のことです。アジアのカヘキシアのワーキンググループであるAsian Working Group for Cachexia(AWGC)が2023年に発表したコンセンサス論文1)で上記のように定義されました。悪液質という言葉は以前からありますが、がんの終末期というイメージが強いです。しかしカヘキシアには、がん以外の疾患や、終末期ではない時期も含まれます。そのため、英語であるCachexiaをそのままカタカナとしたカヘキシアという言葉を用いるようになりました。カヘキシアに関連した学会として、日本カヘキシア・サルコペニア学会があります2)。
AWGCでは、カヘキシアの病因をがん、うっ血性心不全、慢性閉塞性肺疾患、慢性腎不全、慢性呼吸不全、慢性肝不全、関節リウマチ、膠原病、制御できていない慢性感染症としています。つまり、これらの疾患を認めない場合には、カヘキシアとは診断されません。がんカヘキシアには、前カヘキシア、カヘキシア、不応性カヘキシアというステージ分類があります。また、AWGCでは現在、カヘキシアのリスクあり(At risk of cachexia)という概念を検討しています。
カヘキシアの主な症状・症候は、意図しない体重減少(意図的な減量目的以外での体重減少)、食欲不振、筋肉量減少、筋力低下、全身の倦怠感・疲労感がです。カヘキシアだけに特有の症状・症候はないことが、臨床で見逃されやすい原因の1つです。
AWGCによるカヘキシアの診断基準を表1に示します。カヘキシアの原因疾患の存在と、3-6ヶ月で2%以上の体重減少もしくはBMI21kg/m2未満が必要条件です。その上で、食欲不振、握力低下、CRP >0.5mg/dLのうち1つ以上に該当する場合に、カヘキシアと診断します。カヘキシアでは慢性炎症に伴いCRPが上昇することが多いですが、正常範囲のこともあります。
表1 AWGCのカヘキシア診断基準1)
以下の2つは必要条件 | |
・カヘキシアの原因疾患の存在(がん、うっ血性心不全、慢性閉塞性肺疾患、慢性腎不全、慢性呼吸不全、慢性肝不全、関節リウマチ、膠原病、制御できていない慢性感染症) ・3-6ヶ月で2%以上の体重減少もしくはBMI21kg/m2未満 | |
その上で以下の3つのうち1つ以上に該当 | |
①主観的症状:食欲不振 ②客観的指標:握力低下(男性28kg未満、女性18kg未満) ③バイオマーカー:CRP >0.5mg/dL |
カヘキシアの臨床上のアウトカムとして、AWGCでは、死亡、QOL(EQ-5D、FAACT、その他、例:EORTC-QLQ-C30)、機能(臨床虚弱尺度、バーセルインデックス、その他、例:カッツインデックス、ロートンIADLスケール、6分間歩行距離)を提唱しました。つまり、カヘキシアでは死亡リスクが高く、QOLや機能が低下しやすいといえますし、これらの評価が重要です。
カヘキシアを根本的に治療する方法は、病因となっている疾患の完治しかありません。一部のがんや制御できていない慢性感染症に関しては、完治することがあります。しかし、カヘキシアの原因疾患の多くは、完治が難しいです。そのため現状では、運動面、栄養面、薬剤面、心理面、社会面の多方面から同時に対応する包括的治療を行うことが最も望ましい対応方法となります。包括的治療のエビデンスは、現時点では不十分です。ただし、エビデンスが不十分でも、臨床では包括的治療を行うことが重要です。
運動療法は、中等度の負荷でレジスタンストレーニングと持久性トレーニングを含む複合運動を行います。運動には抗炎症作用があり、カヘキシアに対する効果も期待できます。栄養療法は、エネルギーとタンパク質の摂取不足による低栄養を合併しないために、十分なエネルギーとタンパク質を摂取することが重要です。その上で、低栄養の場合には、意図的な体重増加を目指して、1日エネルギー摂取量を200~750kcal程度強化する攻めの栄養療法を検討します。ただし、生命予後が短い終末期の場合には、攻めの栄養療法の適応はありません。
薬物療法は、胃がん、大腸がん、膵がん、非小細胞肺がんが原因のカヘキシアで食欲不振を認める場合、アナモレリン(エドルミズ)の使用を検討します。アナモレリンの使用で、食欲改善と体重増加を期待できます。アナモレリンの副作用には、高血糖、肝機能検査値異常、心電図異常、吐気、下痢などがあります。それ以外のがんや他疾患によるカヘキシアの場合には、漢方の補剤(六君子湯、補中益気湯、十全大補湯、人参養栄湯)の使用を検討します。いずれか1種類の補剤を2週間程度使用して、効果がありそうな場合には継続します。効果がなさそうな場合には、別の補剤への変更を検討します。
心理面では、抑うつ状態を認める場合、抗うつ薬による薬物療法、認知行動療法やマインドフルネスなどの心理療法、運動療法、栄養療法、社会面の介入、補助代替療法(音楽療法、芸術療法、園芸療法、笑いヨガ、ラベンダーによるアロマテラピーなど)の併用を検討します3)。
カヘキシアでは、スピリチュアルペインを認めることがあります。スピリチュアルペインとは、人が自己の存在意義や人生の意味を時間性、関係性、自律性、自立性において見失い、耐え難い孤立感、絶望感、無価値感、あるいは理不尽な苦しみを感じる状態です。主にがん患者で認めますが、がん以外のカヘキシアの患者にも認めます。スピリチュアルペインには、傾聴と共感、ともにいること、音楽療法・芸術療法、アロマセラピー、読書療法、ジャーナリング、宗教者との連携、希望の維持・再構築、感謝の表明・許しと自己の価値の再認識で支援します4)。
社会面では、社会的孤立や孤独、経済的問題を認める場合、社会福祉士などによるソーシャルワークの実施を検討します。カヘキシアでは社会面に何らかの課題を認めることが多く、人とのつながりや社会参加の場を作ることが重要です。
文献
1) Arai H, et al.: Diagnosis and outcomes of cachexia in Asia: Working Consensus Report from the Asian Working Group for Cachexia. J Cachexia Sarcopenia Muscle, 14:1949-1958, 2023.
2) 日本カヘキシア・サルコペニア学会:https://jacs-org.jp/
3) 若林秀隆, 森隆志, 西岡心大, 他: 心理面のリハビリテーション栄養:日本リハビリテーション栄養学会によるポジションペーパー. リハビリテーション栄養2024; 8: 83-92.
4) 若林秀隆、他:リハビリテーション栄養におけるスピリチュアル面への配慮:日本リハビリテーション栄養学会によるポジションペーパー.リハビリテーション栄養 in press
本記事は仲谷鈴代記念栄養改善活動振興基金の支援を受けています