がん悪液質は、進行がん患者の生存率と生活の質に深刻な影響を与える症候群である。進行性の体重減少、筋肉量の低下、全身性炎症を特徴とするこの病態に対し、早期介入の重要性が認識されながらも、「いつから介入すべきか」という問いに対する明確な答えは存在しなかった。本稿で紹介するSakaguchiらの研究は、Asian Working Group for Cachexia(AWGC)の診断フレームワークに基づき、悪液質発症前の悪液質発症リスクを持つ患者を同定するための簡易基準を提案している。
なぜ「リスク段階」の定義が必要なのか
悪液質は一度進行すると治療抵抗性となりやすく、介入のタイミングが予後を左右する。栄養サポート、運動療法、抗炎症治療などの多面的アプローチは、病態の初期段階で開始するほど効果が高いことが示されている。しかしながら、従来の診断基準は既に悪液質が成立した患者を同定するものであり、その前段階にある脆弱な患者を拾い上げる仕組みが欠けていた。この研究は、アジア人の体格特性を考慮したAsian Working Group for Cachexia(AWGC)の診断フレームワークを応用し、日常診療で測定可能な指標を用いてリスク段階(at risk)を定義するという実践的なアプローチを採用した。
この研究が提案するat risk of cachexiaの概念は、がん悪液質に対する先制的介入という新たなパラダイムを切り開く可能性を持つ。リスク段階にある患者を早期に同定することで、栄養カウンセリング、運動プログラム、心理社会的支援といった多面的介入を適切なタイミングで開始できる。今後は多様な患者集団における前向き検証が必要であるが、シンプルかつ実践的なこの定義は、悪液質が不可逆となる前の介入機会を臨床医に提供し、がん患者のケアの質向上に貢献することが期待される。
文献
Sakaguchi T, Maeda K, Yamasaki M, Mori N. Revisiting Cancer Cachexia Staging: Introducing an “At Risk” Category Based on AWGC Components. Thorac Cancer. 2025 Nov;16(22):e70188. doi: 10.1111/1759-7714.70188. PMID: 41261784.