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災害時の低栄養 ― 問題点とその対応

2025.11.10

著者:小蔵要司(恵寿総合病院臨床栄養課)

1. はじめに

地震や台風などの自然災害は、突発的に人々の生活基盤を脅かし、食料や水の供給、医療・介護サービスの継続に深刻な影響を及ぼします。特に高齢者、障がい者、要介護者といった脆弱性を有する方々にとって、災害時の環境変化は身体的・精神的ストレスを増大させ、栄養状態の悪化を招く大きな要因となります。 災害時の栄養問題は、単なる食事の量や質の低下にとどまらず、嚥下機能の低下や慢性疾患の悪化、活動量の減少などが重なり、低栄養やサルコペニア、フレイルの進行を加速させる可能性があります。これらは感染症、褥瘡、転倒などのリスクを高め、生命予後にも直結する重要な課題です。2024年元旦に発生した令和6年能登半島地震では、筆者が当時勤務していた介護医療院においても、地震発生直後の食材供給の停滞、長期にわたる断水や人員不足など深刻な影響が生じました。本稿では、同施設における栄養支援の実際と課題を紹介するとともに、避難所での食事改善に関する要因分析なども交えながら、災害時における低栄養の問題点とその対応策について述べます。

2. 災害時の低栄養リスクと影響

災害時には、ライフラインの途絶や物流の混乱で食事の提供が制限されます。Maedaらは、災害初期の避難所における脆弱者への栄養支援の重要性を指摘し、専門職による迅速な介入が低栄養の進行を防ぐ鍵であると述べています1)。特に、嚥下障害を有する高齢者は、食形態の変更や口腔ケアの不足で、食事摂取量がさらに減少しやすく、低栄養のリスクが高まります。また、Tsuboyama-Kasaokaらは、東日本大震災後の避難所において、野菜・たんぱく質・ビタミン類の不足が深刻であったことを報告しています2)。食事の質の低下は、免疫力の低下や慢性疾患の悪化を引き起こし、感染症や褥瘡、転倒などの二次的健康被害につながる可能性があります。

災害時の低栄養は、単なる一時的な体重減少にとどまらず、サルコペニアやフレイルの進行を加速させ、生命予後に直結する重大な健康課題です。特に高齢者施設では、個々の嚥下機能や疾患背景に応じた食事提供が困難になるため、事前の備えと専門職による継続的な栄養管理が不可欠です。

3. 令和6年能登半島地震時における介護医療院の対応

令和6年能登半島地震ではマグニチュード7.6の地震が発生し、広範囲にわたる建物の倒壊、火災、交通網の寸断、断水など甚大な被害が生じました。特に高齢者の多い能登地域では、医療・介護体制の維持が困難となり他地域へ避難するなど、施設入所者の健康管理に深刻な影響を及ぼしました。当時筆者が勤務していた穴水町の介護医療院恵寿鳩ヶ丘も、震度6を超える地震の影響を受け厨房の機器がすべて使用不能となり、食事の提供が不能になりました3)

食事の提供体制の機能停止

同施設では、地震発生時点で115名の入所者が生活しており、平均年齢は88歳でした3)。要介護度4〜5の方が全体の6割を占め、嚥下調整食の対象者も6割、経管栄養の方は2割に上っていました。 地震直後から1か月以上断水が続き、調理器具や食器の洗浄が不可能となったため、使い捨て容器を用いた備蓄食や支援物資による食事提供を継続しました。通常時の食事は主食・主菜・副菜・汁物を含む4〜5品で構成されていましたが、災害後は主食と主菜を中心とした2〜3品に簡素化されることもありました。 この措置で、1月時点のエネルギー充足率は60%まで低下し、3月には90%まで回復しました。

栄養摂取量の充足の為の対応

管理栄養士は、限られた資源の中でエネルギーやたんぱく質などの栄養素を補うため、以下の工夫を行いました。

 食品強化:粥や主食に中鎖脂肪酸油やプロテインパウダーを加え、摂取エネルギー量を高めました。

 栄養補助食品の活用:ビタミン・ミネラル・たんぱく質を含む経口栄養剤を食事に組み込みました。これらは緊急避難的に各フロアへダンボールで配置し、看護師や介護士の判断で入所者に提供できる体制も整えました。

 Ready to hang(RTH)型栄養剤の活用:RTH型栄養剤は衛生的で洗浄不要なため、断水中の災害下でも経管栄養を安定的に供給でき、大変有用でした。

地震前後の栄養状態の低下

これらの対応にもかかわらず、入所者の体重は地震発生後に減少しました(図1)。特に、嚥下機能が正常または軽度障害のある入所者は、中等度・重度の嚥下障害を有する入所者と比べて、体重および大腿四頭筋厚(骨格筋量)の減少が顕著でした(表1)。 この結果は、震災前のBMI、エネルギー摂取量、日常生活活動レベルに関連していると考えられます。嚥下機能が正常な入所者は、震災前のBMIが23 kg/m²、エネルギー摂取量が27 kcal/理想体重/日、Barthel Indexは70点と、4群中で最も高い数値を示しました。体格が良く、栄養摂取量も十分で活動的であったため、震災後のエネルギー充足率の低下による影響を最も強く受けたと推察されます。その結果、体重および骨格筋量の減少が最も顕著となったと考えられます。ただし、震災後の電気・水道・ガスなどの生活インフラの被害状況は非常に個別性がありますし、救援の手厚さは地方自治体の支援体制や国・地域によって大きく異なります。したがって、この結果だけで断定することはできませんが、災害後の施設においては、嚥下機能が正常な入所者の体重および骨格筋量の減少に特に注意を払う必要があると思われます。

図1 令和6年能登半島地震前後の体重の推移

* P < 0.05 Paired t-test with Bonferroni correction
文献3を修正して作成

表1 嚥下障害の重症度別に分類した震災前の基本情報、震災後の体重と大腿四頭筋厚の変化の比較

中央値(25%–75%)
文献3を修正して作成

 Food Intake Level Scaleによる嚥下障害の重症度分類 
 重症 (完全経管栄養)中等度 (経口摂取と経腸栄養)軽度 (経腸栄養なしの経口摂取)正常p-Value
人数, n (%)14 (15)8 (8)62 (65)13 (13) 
Body mass index, (kg/m2)19 (17–21) (c)*18 (15–22)19 (17–21) (c)*23 (20–25)0.004 (a)
エネルギー摂取量, (kcal/理想体重/day)19 (18–21) (C)**21 (18–26) (C)*25 (22–28)27 (26–28)<0.001 (a)
Barthel index0 (0–0) (C)**10 (0–41) (C)*18 (0–40) (C)*70 (48–78)<0.001 (a)
体重 (kg)     
地震前43 (35–47) (C)**44 (33–52)42 (36–48) (C)**56 (48–62)0.003 (a)
変化量0.1 (−1.3–2.3) (C)*−0.9 (−2.9–1.9)−1.0 (−2.8–0.1)−1.5 (−1.5–−0.6)0.036 (a)
地震後に体重が減少した人, n (%)6 (43)4 (50)45 (73)12 (92)0.021 (b)
大腿四頭筋厚, (cm)     
地震前0.99 (0.76–1.48) (C)*1.32 (0.94–1.66)1.08 (0.85–1.39) (C)**1.64 (1.33–2.22)0.004 (a)
変化量0.17 (0.04–0.52) (C)*0.01 (−0.05–0.21)−0.06 (−0.14–0.07)−0.05 (−0.18–0.16)0.002 (a)
地震後に大腿四頭筋厚が減少した人数, n (%)1 (7) (C)*2 (25)39 (63)8 (62)<0.001 (b)

4. 避難所・施設における低栄養の予防のために

災害時の栄養支援は、単に食事を提供するだけでなく、継続的な改善と多職種による連携が不可欠です。避難所や高齢者施設において、栄養状態の悪化を防ぐためには、いくつかの重要な要因が関与しています。Tsuboyama-Kasaokaらは、東日本大震災後の避難所における食事改善に寄与した要因として、以下の4点を挙げています2)

  1. 地域連携の強化

自治体、ボランティア団体、民間企業などとの連携により、食材や調理器具の供給が円滑に行われた事例が報告されています。特に、地元の栄養士会や調理師会が中心となって献立作成や調理支援を行ったことが、食事の質の向上につながります。

  • 地域連携の強化

管理栄養士や看護師、介護職が避難所に常駐または巡回することで、個別の栄養ニーズに対応できる体制が整います。嚥下障害や糖尿病など、特別な配慮が必要な人々への対応が可能となり、低栄養の進行を防ぐことができます。

  • 地域連携の強化

炊き出し設備や調理スペースの確保、使い捨て容器の活用で、衛生的かつ安定した食事提供が可能となります。断水や停電時でも対応できる調理法の工夫が求められます。

  • 地域連携の強化

避難所運営者と支援者の間で、食事内容や栄養状態に関する情報を共有することで、迅速な意思決定と対応が可能となります。特に、食事内容の記録や評価を行うことで、改善点が明確になり、食事内容の継続的な質の向上につながります。

一方、Maedaらは、災害初期における高齢者・障害者への栄養支援チームの活動を報告しています1)。彼らは、災害直後の混乱期においても、嚥下機能や栄養状態に応じた食事提供を実現するため、専門職による迅速な介入と現場での判断力が重要であると述べています。

これらの知見から、避難所や施設における栄養改善には、専門職の配置、地域との連携、物資の備蓄、情報共有体制の整備が不可欠であることが明らかです。災害時の混乱の中でも、これらの要因を意識的に整えることで、低栄養の進行を防ぎ、健康被害を最小限に抑えることが重要です。

文献

1)Maeda K. et al. Feeding Support Team for Frail, Disabled, or Elderly People during the Early Phase of a Disaster. Tohoku J Exp Med. 2017;242(4):259-261.

2)Tsuboyama-Kasaoka N, et al. What factors were important for dietary improvement in emergency shelters after the Great East Japan Earthquake? Asia Pac J Clin Nutr. 2014;23(1):159-66.

3)Kokura Y. Impact of the 2024 Noto Peninsula Earthquake on Nutritional Status in Residents of an Integrated Medical and Long-Term Care Facility: A Descriptive Study. Nutrients. 2025;17(3):506.


本記事は仲谷鈴代記念栄養改善活動振興基金の支援を受けています

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