著者:吉見佳那子(東京科学大学大学院医歯学総合研究科摂食嚥下リハビリテーション学分野)
高齢者の口腔の問題は、口腔衛生状態と口腔機能の2つの視点から観察し、評価することが重要です。
口腔衛生状態は、十分な唾液分泌と、食事や会話など日常的な口腔運動による自浄作用によって維持されます。唾液には抗菌作用や粘膜保護作用があり、安静時だけでなく咀嚼や唾液腺マッサージなどの刺激によっても分泌が促されます。加齢や薬剤の副作用によって唾液量が減少すると、う蝕や歯周炎のリスクが高まるだけでなく、口腔乾燥による痛み、義歯や歯による粘膜損傷、口臭などの問題も生じやすくなります。
口腔機能の評価は、歯の動揺の有無、臼歯部咬合支持(奥歯の噛み合わせ)の状態、義歯の使用状況などの歯科的要因に加え、舌の筋力と動きが保たれているかが重要です。咀嚼には、臼歯で食べ物を粉砕するだけでなく、舌で食べ者をまとめ、歯の上にのせる動作を繰り返しながら食塊を形成する協調運動が不可欠だからです。
「食事量が減った」「食事に時間がかかるようになった」という変化は、義歯の不適合や歯の痛みなどの問題が原因である場合があります。一方で、義歯が適合していても、口腔機能の低下により咀嚼・嚥下がうまくいかなくなることもあります。固い食品や繊維質の食品を残す、口腔内に食べ物が残る、食べこぼしが増える、食事中によくむせるなどは、口腔機能低下を示す重要なサインです(表)。
表 高齢者の口腔問題と食事への影響
| 部位 | 口腔の問題 | 食事への影響 |
| 口唇 | ・口唇閉鎖機能の低下 ・滑舌の低下 | ・食べこぼしが多い ・咀嚼中の食物が口腔外へ出てくる |
| 舌 | ・舌の動き(上下・左右)が悪い ・舌の筋力(舌圧)の低下 | ・舌での押し潰しが困難 ・上顎に食べ物がはりつく ・口腔から咽頭への送り込みに時間がかかる ・咀嚼機能の低下(食塊を舌で歯の上にのせる) ・食塊形成能力の低下(食物が口腔内でばらける) |
| 咬合状態 | ・義歯があっていない、使用していない ・臼歯がなく前歯でしか噛めない ・咬合力の低下 | ・咀嚼機能の低下 ・食事に時間がかかる ・固い食品や肉類、繊維質の食品が咬みづらいため、食事の内容や栄養バランスが偏る ・咀嚼せずに丸呑みする |
| 口腔乾燥 | ・泡沫状の唾液 ・舌のひび割れ | ・焼き魚など、ぱさついた食品が食べづらい ・食物が口腔内や咽頭にはりつく ・口を動かしづらい |
フィンランドの要介護高齢者約3000人を対象とした調査では、口腔に何らかの問題を持つ人は40%(問題が1つ:26%、2つ:11%、3つ:4%)であり、そのうち、咀嚼障害が26%、嚥下障害が18%、ドライマウスが15%確認されたと報告されています。口腔状態が悪いほど栄養不良、身体機能低下、胃腸症状、QOL低下などの全身の問題が多くみられ、1年後の死亡率が有意に高いことも明らかになっています1)。
日本の高齢者4.3万人の追跡研究においても、義歯を使用せず残存歯数が0~9本の群では、がん・心血管疾患・呼吸器疾患・外傷による死亡リスクが有意に上昇し、義歯使用によりこの関連は弱まることが示されました2)。食事摂取に関しては、残存歯数が0~9本の群ではたんぱく質摂取量が有意に低かったものの、義歯使用により79.4%で摂取量が改善されたと報告されています3)。口腔の問題は「噛みにくい」という小さな困りごとから始まり、のちに栄養バランスの偏りや死亡リスク上昇にもつながる可能性があります。さらには、食事が楽しくない、外食に行けないなど、QOLを低下させる要因にもなります。
高齢者では通院困難により口腔の問題が放置されることがしばしばあるため、医療・介護職が早期に問題を発見することが求められます。口腔衛生状態については、歯磨き介助や、口腔乾燥を引き起こしやすい薬剤の見直しなどで改善が期待できることがありますが、口腔機能については、口腔機能訓練で改善が見込める場合と、歯科治療が必要となる場合があります。ただし、実際の臨床の現場では、認知症や全身状態により、義歯装着などの目標設定が難しい状況も多く、状況に応じた柔軟な支援が必要です。例えば、食事形態の判断には舌圧を参考にすることができます。口腔機能低下症の基準値は30kPa未満であり、25kPaで常食が困難になり始め、16kPaで一口大食、11kPaできざみ食程度が目安となります4)。臼歯がなくても舌機能が保たれていれば、歯茎で咀嚼できる場合もあります。食事観察のみでの評価が難しい場合には、摂食嚥下領域の専門職とともに嚥下機能評価を行い、安全な食事形態を検討することが安全な食支援につながります。
参考文献
1. Lindroos EK et al., Burden of Oral Symptoms and Its Associations With Nutrition, Well-Being, and Survival Among Nursing Home Residents. J Am Med Dir Assoc. 20(5):537-543, 2019.
2. Abdurrahman F et al., Tooth loss, dental prosthesis use, and cause-specific mortality in older Japanese adults: a 7-year cohort study. Sci Rep. 15(1):40650, 2025.
3. Kusama T et al., Dental prosthesis use is associated with higher protein intake among older adults with tooth loss. J Oral Rehabil. 50(11):1229-1238, 2023.
4. Nakagawa K et al., Assessment of Oral Function and Proper Diet Level for Frail Elderly Individuals in Nursing Homes Using Chewing Training Food. J Nutr Health Aging. 23(5):483-489, 2019.
本記事は仲谷鈴代記念栄養改善活動振興基金の支援を受けています
